損益相殺 加古川の弁護士が解説

(1)損益相殺とは
損益相殺とは、不怯行為によって損害を受けた被害者が、同一の不法行為によって利益を受けた場合に、受けた利益を損害から控除して損害賠償額を定めることをいいます。
この控除について民法に明文の規定はないが、「公平の見地」等から、当然に控除すべきものとされています。
① 「同一の原因」と「同質性」
 損益相殺として控除できるのは、利益と損害が「同一の原因」によって生じ、利益と損害との間に「同質性」が存在する場合である。
 最高裁平成5年3月24日判決(民集47-4-3039)は、「被害者が不法行為によって損害を被ると同時に、同一の原因によつて利益を受ける場合には、損害と利益との間に同質性がある限り、公平の見地から、その利益の額を被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによつて損益相殺的な調整を図る必要があ」る(被害者が不法行為によって死亡し、その損害賠償請求権を取得した相続人が不法行為と同一の原囚によって利益を受ける場合にも同様)とし、「損相殺的な調整」が認められる場合を明らかにしています。
② 「代位」という概念との関係
損益相殺と同様に、損害の重複填補を防ぐ目的のための概念として、「代位」という概念がある。
 代位」とは、賠償者の代位(民法422条)、請求権代位(保険法25条)などのように、被害者が複数の賠償義務者の一人から弁済を受領したり、不法行為を原因として第三者から保険などの給付を受けたときに、受けた額を限度として、被害者の賠償義務者に対する損害賠償請求権が弁済した賠償義務者や第三者に法律上移転することをいいます。損害賠償請求権が移転した結果、被害者はその金額の限度で損害賠償請求権を失うこととなり、損益相殺と同様の効果が生ずることとなります。
 損益相殺と代位は、その考え方においては異なるものですが、両者を厳密に区別することは必ずしも容易ではなく、実務上は、代位が生ずる場合も含めて「損益相殺的調整」の問題として論じられることが多い。
 以下でも、これを特に区別をせず、「損益相殺」の問題として検討していくこととする。

(2)損益相殺が問題となるもの
① 自賠責保険から支払われた損害賠償額(自賠法16条)、政府の自動車損害賠償保障事業による填補金(同法72条)
 いずれも、損害からの控除が認められます。政府の保障事業については、政府が填補金を支払ったときには、その支払金額の限度において被害者の損害賠償義務者に対する損害賠償請求権を取得する旨の代位の規定が置かれています(同法76条1項)。

 なお、自賠責保険から支払われた損害賠償額については、まずは被害者の賠償義務者に対する損害賠償請求権の遅延損害金に充当すべきという判例があるが、この点については後に述べます。
② 社会保険給付
 社会保険給付には、健康保険、労災保険、公的年金などがあります。
 控除が認められるもの
 下記のものについては、いずれも代位の規定(健康保険法57条、国民健康保険法64条、国民年金法22条、厚生年金保険法40条、労災保険法12条の4等)があり、損害から控除されます。
・健康保険法による傷病手当金
・国民健康保険法による高額療養費還付金
・国民年金法による障害基礎年金、遺族基礎年金
・厚生年金保険法による障害厚生年金、遺族厚生年金
・労災保険法による休業(補償)給付金、療養(補償)給付金、介護(補償)給付金、障害(補償)一時金、障害(補償)年金、障害(補償)年金前払一時金、遺族(補償)年金、遺族(補償)年金前払一時金、葬祭給付・地方公務員等共済組合法の遺族共済年金

 控除が認められないもの
 労災保険における特別支給金(休業特別支給金、障害特別支給金、遺族特別支給金、傷病特別支給金、障害特別年金、障害特別一時金等)については、損益相殺は否定されています(最判平S・2・23民集50-2 -2 49)。特別支給金は、労働福祉事業の一環として、被災労働者の療養生活の援護等によりその福祉の増進を図るために行われるものであり、保険給付を行った場合の代位規定や損害賠償との調整規定がなく、損害を填補する性質を有するとはいえないからです。
 未給付の社会保険給付
 社会保険給付に関しては、すでに支給を受けることが確定した額のみならず、将来にわたって受けることになる給付をも含めた額を控除すべきか否かという問題があります。
 この点、前掲最高裁平成5年3月24日判決は、地方公務員等共済組合怯に基づく遺族年金につき、将来の給付部分については、口頭弁論終結時にすでに支給が確定した分についてのみ控除を認め、その後の将来分の控除は認めませんでした。
 同判決は、不法行為と同一の原因によって被害者またはその相続人が第三者に対する債権を取得した場合には、当該債権を取得したということだけから損益相殺的な調整をすることは原則として許されないとし、当該債権が現実に履行された場合またはこれと同視しうる程度にその存続および履行が確実であるということができる場合にのみ損益相殺的な調整を図ることが許されるとしました。そして、遣族が遺族年金の受給権を取得した場合においては、その者の婚姻あるいは死亡などによって遺族年金の受給権の喪失が予定されているのであるから(地方公務員等共済組合法96条〕、すでに支給を受けることが確定した遺族年金については、現実に履行された場合と同視しうる程度にその存続が確実であるということができるが、支給を受けることがいまだ確定していない遺族年金については、右の程度にその存続が確実であるということはできないとしました。
 この最高裁平成5年3月24日判決以降、将来支給される可能性のある社会保険給付についても、口頭弁論終結時に支給を受けることが確定していないものは控除を認めないという実務の運用が確立したといえます。
③ 生命保険、傷害保険、所得補償保険等
 生命保険
 被害者を被保険者とする生命保険契約に基づき、被害者の死後、遺族が生命保険金を受領した場合にも、これを損害額から控除することはできない。生命保険金は、すでに払い込んだ保険料の対価たる性質を有し、不法行為という原因と関係なく支払われるものだからです(最判昭89・9′ 25民集18-7-1528)。
 所得捕償保険
 所得補償保険契約に基づいて支払われた保険金については控除がなされます(最判平元・1・19判時1302-144)。
 傷害保険
 傷害保険のうち、搭乗者傷害保険金については控除を否定するのが判例です(最判平7・1・30民集49-1-211)。同判決は、搭乗者傷害保険条項に基づく死亡保険金は、保険契約者およびその家族、知人等が被保険自動車に搭乗する機会が多いことに鑑み、搭乗者またはその相続人に定額の保険金を給付することによって、これらの者を保護しようとするものであり、被保険者がこうむった損害を填補する性質を有するものではないとして、控除を否定しました。(ただし、賠償義務者が搭乗者傷害保険の保険料を負担している場合には、これを考慮して慰謝料を減額する事情として掛酌される場合があります)。
 自損事故保険についても、実務上、同様に控除しない扱いとされています。
 その他の傷害保険についても、次の人身傷害(補償)保険を除き、実務上は控除しない扱いです。

④ 福祉的な給付
 生活保護法による扶助費(最判昭46・6・29判時636-2 8)、独立行政法人自動車事故対策機構法に基づく介護料、身体障害者福祉法等に基づく介護料、特別児童福祉扶養手当などについては、社会福祉的色彩が強いものとして、損害の填補性は認められず、控除は認められていません。

⑤ 香典や見舞金
 被害者が加害者等賠償義務者から香典や見舞金を受け取っていた場合にも、それが社会儀礼上相当な額の範囲内であれば、損害の填補性はないとして、控除を認めないのが通常です。

・控除を行う場合の費目制限(客観的範囲)
 被害者が受けた給付を損害額から控除できるのは、利益と損害との間に「同質性」が存在する場合であるから、被害者が不法行為と同一の原因により給付を受けた場合にも、その給付の性質・日的によって控除すべき損害の項目が制限されることとなります。
 具体的には、たとえば、労災保険の休業(補償)給付・障害(補償)給付は慰謝料から控除することはできず、さらに、休業損害や逸失利益といった消極損害(広義の逸失利益)から控除することができるのみで、積極損害からは控除することはできません。
 厚生年金保険における障害年金についても同様です。
 他方、休業損害と逸失利益については、消極損害(広義の逸失利益)として これを同ーの損害項目とみることができ、休業(補償)給付や障害年金は、いずれからも控除することができるとする扱いが実務では優勢です。また、遺族年金についても 年金逸失利益のみから控除されるのではなく、稼働収入の逸失利益も含めた逸失利益全体から控除できます。
これに対し、積極損害の扱いに関しては、いまだ実務の扱いは統一されているとはいえません。たとえば、健康保険による療養給付・療養費についてはこれを治療費から控除できることについては争いがないが、将来の治療費から控除できるか、入院雑費や介護費用から控除できるか、さらには通院交通費等から控除できるかという点については、裁判例でも結論は分がれています。

・控除の対象者(主観的範囲)
 被害者が事故により死亡して、相続人が複数(たとえば妻と父母等)いるような場合、相続人の一部のみが損益相殺の対象となる給付を受けナた場合(たとえば妻が遺族年金の給付を受けた場合)、控除は損害賠償額全額からなされるのか、給付を受けた者の取得した損害額からのみ控除されるのか、という問題もあります。
 判例は 遺族年金について 受給権者の損害額からのみ控除を認めており、実務では他の給付についても同様に控除の対象者(主観的範囲)は限定的にとらえられています。

・過失相殺との先後
 被害者の得た利益を損害額から控除できるとしても、過失相殺がなされる場合においては、被害者に生じた損害総額から控除するのか、それとも過失相殺後の賠償義務者の負担する損害賠償額から控除するのか、という問題があります。
 たとえば、被害者に治療費として100万円の損害が生じ、被害者が労災保険から療養(補償)給付として30万円の給付を受け、被害者の過失相殺率が50パーセントとされた場合、被害者は賠償義務者に対し、相殺前控除だとすると、治療費としては(100万円-30万円)× 50% = 35万円を請求できることとなるが、相殺後控除だとすると、100万円×50%-30万円=20万円しか請求できないこととなります。
 相殺前控除と、相殺後控除のいずれの方法によるかは、被害者の受けた利益、給付によって異なります。
 自賠責保険による損害賠償額は、加害者からの支払いと同視できるものとして、過失相殺後に控除されます。
 健康保険については、現在の実務では、過失相殺前の損害額から控除されています。健康保険実務上も、昭和54年4月2日付厚生省保険局保険課長、社会保険庁医療保険部健康保険課長、同船員保険課長の通知(昭和54年4月2日厚生省保険発24号・庁保第6号)により過失相殺後に控除するものとの扱いがなされています。
 他方、労災保険については、健康保険と同様過失相殺前の損害額から控除する裁判例と、過失相殺後に控除するとする裁判例とがあったが、最高裁平成元年4月11日判決(民集43-4-209)は、過失相殺後の損害賠償額から控除されるものとしました。とはいえ、実務上は、労災保険が賠償義務者に代位求償を行う場合に、被害者の過失相殺率相当分を差し引いた金額のみを求償する場合もあり、被害者と賠償義務者との示談においても、実際に加害者が求償に応じた額のみを差し引いて示談を行うような場合もあるようです。このような扱いをする場合には、結果として、相殺前控除を行ったのと同じこととなります。

⑥ 遅延損害金への充当
 不法行為による損害賠償債務については、損害の発生と同時(不法行為時)に、何らの催告を要することなく遅滞に陥る(最判昭37・9・4民集16-9-1834,最判昭58・9’6民集37-7-901等)。したがって、損害賠償債務については、不法行為の時から、民法所定の割合による遅延損害金が発生することとなります。
 そして、被害者が賠償義務者から損害賠償額の一部を受領した場合、その弁済の充当については、民法491条により、まずは遅延損害金に充当され、その残額について元本に充当されることとなります。  
 この点、最高裁平成16年12月20日判決(判時188 6-46)は、被害者が自賠責保険から支払いを受けた損害賠償額、労災保険法に基づく遺族補償年金、厚生年金保険法に基づく遺族厚生年金等については、その支払日までの間に損害賠償債務の遅延損害金がすでに発生していたのであるから、遅延損害金の支払債務にまず充当されるべきとしました。この最高裁判決により、自賠責保険については遅延損害金にまず充当されるとの扱いが実務上固まったといえます。
 これに対し、社会保険給付について、最高裁平成22年9月13日判決(判タ1337-92)は、被害者が労災保険法に基づく療養給付、休業給付および障害年金の給付ならびに障害基礎年金および障害厚生年金の給付を受けた事案で、最高裁平成22年10月15日判決(裁時1517-4)は、被害者が労災保険法に基づく休業給付および障害一時金の給付を受けた事案で、これらの給付は、事故日に損害額に填補されたものと法的に評価すべきとして、元本に充当されるものとしました。
 すなわち、平成22年の両判決は、これらの社会保険給付は、それぞれの制度の趣旨目的に従い、特定の損害について必要額を填補するために支給されるものであるから、填補の対象となる特定の損害と同性質であり、かつ、相互補完性を有する損害の元本との問で、損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当であるとし、療養給付については治療費元本、休業給付およ障害一時金については休業損害および後遺障害逸失利益元本、その他の各種年金については後遺障害による逸失利益元本との間で損益相殺的調整を行うぺきとしました。さらに、これらの労災保険給付および年金は、その制度の予定するところに従って、填補の対象となる損害が現実化す都度ないし現実化するのに対応して定期的に支給され、または支給されることが確定したものということができるから、その填補の対象となる損害は本件事故の日に填補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をするのが相当であるとしました。
 以上の平成16年判決と平成22年9月判決および10月判決は、社会保険給付については、同じような事案について異なる結論を出しているようにも読めます。この理由について、平成22年9月判決、10月判決とも「事案を異に」すると述べているのみであり、他方で、遺族年金についても元本に充当すべきという補足意見もあって(平成22年10月判決干葉勝美裁判官補足意見)、平成22年9月判決および10月判決は、社会保険給付を遅延損害金に充当する平成16年判決の考え方に強い疑問を提示したとの見方もあります。

⑦共同不法行為の場合の填補関係
 共同不法行為においては、複数の賠償義務者が被害者に対して同額の損害賠償債務を負い、これら複数の債務は不真正連帯債務の関係にあるとされている。したがって、賠償義務者の一人が被害者に対して弁済を行えば、その限度で被害者の損害賠償請求額が減少することとなります。ところが、過失相殺が相対的になされる場合などには、賠償義務者の一人の損害賠償債務額と、他の賠償義務者の債務額が異なる場合も生じます(一部連帯の関係)。この場合、賠償義務者の一人が行った弁済が他の賠償義務者の賠償債務額にどのような影響を及ぼすかが問題となります。
 この点、最高裁平成11年1月29日判決は、賠償義務者の一人が行った填補の額は、控除後の残損害額が、他の賠償義務者が賠償すべき損害額を下回ることにならない限り、他の賠償義務者が賠償すぺき損害額に影響しないとしています。

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